はじめまして、フクロウ🦉です。

何を書こうか迷いましたが、今日は私と神様の原点ともなるような生い立ちについてお話したいと思います^ ^
私は5人兄弟の末っ子として生まれ、女の子っぽい遊びが苦手で小学校高学年になるまではいつも男子とサッカーや野球をしで遊んでいました。おかげさまで(?)負けず嫌いな性格になりました。


そんな当時、私の尊敬する人は【じいちゃん】でした。私が物心付く前に亡くなってしまったのでハッキリとした記憶はないのですが、

◾︎会社を興して町では知らない人がいないくらい有名だったじいちゃん

◾︎5人兄弟のお年玉も歳の差関係なく平等にくれていたじいちゃん

◾︎最年少の孫(私)を溺愛してくれていたじいちゃん

他にも色々ありますが、親からじいちゃんの話を聞き、幼いながらに私は思いました、


『じいちゃんは神様だ』(特にお年玉の平等の精神がヒット)


それから私はじいちゃんがいつも見守ってくれている毎日を過ごすようになりました。
ひたすらじいちゃんが喜ぶ事をしようとしました。いじめられてる子がいたら手を差し伸べ、人を笑顔にする事が好きになり、お菓子も独り占めできずいつもお友達に分け与えたりしていました。何事も『じいちゃんだったらこうやる』という考えが基準となっていたと思います。


それから数十年間の時を経て、唯一神の神様の存在を教えてもらった時、真っ先に、『じいちゃんは神様じゃなかったのか』と衝撃を受けましたが、心から求めていたものが手に入った感じがしてスッキリしました。
生まれた時からずっと見守り働きかけてくださる神様を愛を知り、過ごしてきた環境や人を通して神様が私を育ててくださっていた事を強く感じました。


◆神様がいつも見守ってくれている

◆神様の喜ぶ事をしようとする事

◆神様だったらこうやるという考え方


じいちゃんを神様だと思って過ごしてきた日々は神様と共に過ごす体質を作ってくれていました。

もちろんじいちゃんも偉大な存在ですが、それ以上の存在に出会えた事、教えてくださった恩師に改めて感謝をこめてʕ•ᴥ•ʔ

カレーは甘口派🍛Fukuro🦉

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