葬りなさい

みなさんは、捨ててしまいたいものがありますか?

  

  

私は最近、コロナの影響もあってか、ちょっとうつっぽくなってしまいました。

神様と出会ってから、年を追うごとに改善してきているのですが、昔からうつっ気があり、ちょっと久しぶりに、どっかり落ちてしまいました。

 

ひょ〜〜…(*o*)

 

 

 

歌詞の中に、「心が天国なら、全て天国だ」と歌う讃美歌もあり、超アーメン(超同意)!!なんですけど、心が苦しい時に限って、とにかく様々なことが、「苦しみと絶望のメガネ」をかけてしか感受できなくなってしまいます。

「視点を変える」とか、「プラスの面を見出す」努力をしたら良いのに…、と、頭では思うんですが、

うつっぽくなると、

心のエネルギーが足りないからか、あるいは、否定的にしか思えないからか、考え方を変えるのがとにかく難しくなってしまい、「自分を否定できると感じること全て」が自分に当てはまると感じます。

そして、息のできない深海へ、ずんずん沈んでしまい…。とにかく不安定で涙がちょちょぎれ…。

(こんな自分、消えてしまいたい…。死んでしまいたい…。という、希望の光が全く届かない深海の深海魚と化してしまうという…。)

お、恐ろしい……!!😱

 

 

それで、今回は、ちょっと久しぶりに、薬の力を頼りました。

ここ10年ほど、(ちょっと間隔が空いていた時期もありますが、)抗うつ薬を服用していて、

最近はだんだんよくなって来ているから、薬の量を減らして来ていて、

そして、今年に入ってから、割と調子が良かったので、医師とも話して休薬するようにしていたんですが、

今回は、なんとも、自分の力ではどうしようもなくなってしまったので、ちょっと、頼ることにしました。

 

でも、正直なところ、と〜っても!不本意でした。

薬がないと心が保てない自分だと思いたくなかったから…。

せっかく、薬がやめられると思っていたから…。

(あと、薬代(お金)が浮くと思っていたから。苦笑。 ジェネリックのない、薬価がちょっと高いものなので。)

 

現在のかかりつけ医から、以前、

(うつ以外の病気で受診したら)「ちょっとうつっぽいんじゃないか」と言われ、ちょっとしたペーパーテストを受け、結果、重度の(?)うつであるらしく、薬を出してもらうようになった時、

「私が訴える体の症状だけでなく、私の様子とかを総合的に診てくれているんだなあ」

「良い先生だなあ」

というありがたい気持ちだった一方、

でも、

「うつか…。薬を飲むのか…。」と、ショックというか、神妙な気持ちもありました。

 

薬を飲んでいた期間で、間隔が空いていた時期があったと書きましたが、抗うつ薬を出されるようになったのは、人生で2回目でした。

根本的には直ってないんだな、と、やっぱり、複雑な気持ちでした。

 

それで、仕方ないから?飲んでみたら、

今回は、幸いにも自分に合っている薬で、自分を苦しめる思考回路の機能が低下して、ちょっと「多幸感」や元気が出て、次第に(3年ほどかかって)喋り声まで大きくなってしまって。

それまでは、とにかく自信がなくて不安で、喉が苦しくて?、小さい声でしか喋れない場面が多かったので、自分的にはちょっとびっくりな変化で。

薬を飲む前に常々感じていた「苦悩」が、まるで半減?されたような身軽さを感じるようになりました。

 

だんだんと、「楽しい」「面白い」と感じられるものが出てきたり、

「自分は何が好きなのか(心地よいのか)」「何が嫌なのか(居心地が悪いのか)」を感じ取るセンサーが、ちょっとずつ回復できるようにしてくれたりと、

脳内の神経伝達物質の影響の大きさを感じる体験となりました。

(SSRIという種類で、脳内の「セロトニン」という物質の働きを高める薬です。)

 

「人生は拷問だ(=人生は結局、苦しみに耐えながら生きなければならない苦役でしかない…)」と感じていたんですが、そうじゃないかも、と、感覚が変わったことも、変化の一つでした…(;▽;)ハレルヤ…!

 

「医学は、神様からのプレゼントだ。」「病院に行きなさい。」

と牧師先生はおっしゃいますが、「本当にそうだな…」と感じることのできる体験でもあります。

10年くらい前に、数年間飲んでいた別の薬もありますが、その薬は、効果が感じられなくて、「これを飲んで、いったい何が変わるんだろう…」というくらいの感覚でした。

なので、抗うつ薬って、意味あるのかな。と疑問もありました。

しかし、今回のものは、効果を実感できる、いわゆる「自分に合っている薬」でした。

この薬は、10年前にはなかったので、医療の進歩の恩恵です。

薬の進歩がなければ、私の「うつ症状」に効く薬には一生出会えなかったかもしれない。

医療を提供してくれる人がいなければ、私は、一生苦悩するばかりの状態だったかもしれない。(自殺の可能性も…。)

これらの薬や医療者に出会わせてくださらなかったら、

医者が「うつっぽい?」と感じとることができなかったら、

今の私はない。

本当に、そう思います。

だからだから、医療者との出会いを与えてくださり、治療の機会を与えてくださった神様、新しい薬を開発して私にプレゼントしてくださった神様に、本当に感謝しています。

 

でも、今回は、

一旦、「薬を飲まなくても良い自分になったのかな。」と思ったこともあって、再び薬を飲むことに対しても、落ち込みがあり、「薬を飲むじぶん」を受け入れがたいと感じてしまいました。

薬を飲むことは悪いことじゃないって、わかっているんですけどね。

薬以外の手段で解決したくて、走ったりもしましたが、ちょっと、ギブアップでした。^^;

まあ、飲むとしても頓服なのに、ギブアップまで、粘りすぎたかもしれませんが。苦笑

 

「古い自分を葬りなさい」と、歌う讃美があり、最近、頭の中でリピートしているのですが、

「『自分を否定する自分』を葬ってしまいたい…。」

「『死んでしまいたいと願う自分』を葬ってしまいたい。」

というのが、最近の私の願いです。

神様の考えと違っている自分の考えがあれば、それが割れてしまって、新しい、天の形象を備えて、

神様が「貴重だ」とおっしゃってくださる自分の貴重さを、私自身がちゃんと受け入れて、忘れないで、自分は貴重な存在だと信じ続ける強さを、与えてくださることを、願っています。

そして、

今の自分よりも、人と神様を、心から愛せる自分になることを、願っています。

そのためにも、

サポートが必要なら、天がプレゼントしてくださった資源を松葉杖にして歩んでいくことも、一つなんだもんな、と、ちょっと複雑だけれども、改めて感じています。

 

  

つくば始音教会 ゆう

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