私、走るのが好きです。

なぜ好きなのかと言うと

・褒められたことがあるから

・走ると原点に戻れるから

・心身共にすっきりするから

・体調が良いから

と、私にとって良いことだらけ!

運動音痴だと何度かブログで書いてますが、唯一褒められたことのある運動が「登山・マラソン」

中学に入りたての頃、校内マラソン大会で女子150人くらいいる中で、ちょっと仲良くなった子が陸上部の子で一緒に走ってるうちにはぐれて追いかけてスピードあげたら16位になった、という思い出があります。(ただ運動音痴な私は周りのクラスメイトから「なんで運動音痴のそらが16位?ズルしたんじゃ?」と言われたり、陸上部のちょっと仲良くなった子は後ろの方にいたのでその後ギクシャクしちゃいました)でも、あの運動音痴のそらがなぜか16位とびっくりされ初めて先生からも褒められたのが「マラソン」だったのです。

だから嬉しかったんです。

きっと自転車に乗れるようになったのが小学校高学年の頃(遅いですよね笑)だったのもあり、友達と遊びに行く時は自転車を走りで追いかけていたのが早くなった要因なのかなあと思います🚲

そんなわけで褒められた記憶っていつまでも残っているものです。そして嬉しく誇らしい記憶👺

でも年齢を重ねるたびに走らなくなってきました。

社会人になって間もない頃。

学生の頃から教会に通ってはいたのだけど、摂食障害もピークの時で、職場の人間関係、教会での人間関係、家族との関係、学生時代の友人関係も全て上手くいってなかった頃。

お祈りもひと言も出来なくなっていました。

私、信仰ないんだってなんだか落ち込んでました。

当時、ぽっと思いつきで

久々に走ってみようと思いました。

その頃、今より体重も5、6Kgほど重く体がすごく重く感じました。しんどい。

でも走ると、考えが「無」になるようなリセットされるような感覚になりました。

いろんな荷物を背負ってたのを下ろすような…私は私のままで良いんだ、と。

何も考えなくていい、そんな感じになりました。

そこから毎日、雨の日もカッパ着て走りました。

3ヶ月ほど。

でもその後、もっと摂食障害が悪化して、走ることもどうでもよくなってやめちゃいました。

って記憶があったなかで。。

コロナ禍で緊急事態宣言が発令され4月から在宅勤務。そこから再び走り始めるように。

以前は摂食障害だったりで、そもそもまともに走れなくなったこともあったけど、今はこうやって走れることに感謝だなあって思う。

走り続ければ、苦しくなくなるし、スピードも少しずつ速くなる。

結果が現れるのがわかりやすいのが「走る」ことだと思う。

センスがなかろうが、続けていれば結果が出る。と言うか、センスって生まれつきではなく身につくものなんではとも思ったり。

走ること以外だって、全てのこと・モノは最後まで諦めずに試行錯誤し努力を続けていれば結果は出るもの。だと私は思っています。

でも実際に生きていると本当にそうなのかな、努力したところで叶わないと思ってしまう。

それをマラソン、走ることは「やっぱりそうなんだ」と理解させてくれる。

だから走り続けているのかなあと思います。

このシューズは昨年買ったピンクのスニーカー。買った後に派手すぎたかなと気恥ずかしくしばらく履いてなかったけど今は毎日履いてます。走る時って妙に派手な服装をしたくなっちゃうんですよね笑   私の相棒🙌

いろんな経緯あって走るのが好きになった私。こういうことも神様のプレゼントなのかなあと思います。

今日も楽しく走ります!

感謝して走ります。

つくば始音教会  そら

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