人生は小説よりも奇なり

とは、よく言ったもので、本当にそうだたなと感じます。

 

小さい頃は、作り話の世界の方がよっぽど奇妙なもので現実離れしていると感じていましたが、

実際に人生を歩んでみると、人工的に作られた物語よりも、リアルな人生の方がよっぽど奇異なものだと感じます。

まさか自分の身に起こると思っていなかった幸運・不幸に遭遇し、どうしようもない悲しみや嘆きがあり、喜びや感謝もあり。

普段接している身近な人の話も、聞いてみると、実は大きな問題を抱えていて、私には決して耐えられないと思える状況に対して、忍耐と努力で向き合っていたり、苦しんでいたり、体を壊してしまっていたり。

 

 

生きることは、筋書きがなくてどうなるかわからないから、期待と不安が混ぜこぜで、

不安に飲み込まれると絶望と失望の穴に陥ってしまい、

自分が期待したことが実現しないと落胆して、自己否定してしまったり、

孤独に苛まれてしまったり。

期待、希望、夢、願いを実現するステップを見出せたり、見出せなかったり。

1つ1つが、手探り。

 

「神様は、自分の体験を通して、説教なさる」

と聞くけれど、

他の誰かではなく、今の自分・これまでの自分が体験したことの中に、すなわち、神様からのメッセージがないか、アンテナを張りたい。

よく言うけれど、経験は宝。

 

 

奇異な人生。

希少種のような一人ひとり。

その人にしか耐えられない・歩めない人生を、みんな毎日歩んでいる。

みんな、神様から、一個の個性体として、毎瞬間守られ、尊重されている。

 

 

幸せは、それを与えてくださる神様の愛の証。

当たり前のような普段の暮らしは、神様からの祝福のプレゼント。

不運や嘆きは、神様との経緯の種。

悲しむ時も、神様が側で慰め、力付けてくださる。

 

今、自分が無事に生きていること自体が、神様の愛の証明。

 

「もっと良いものをくださる神様」を信じて、私ができる努力をして、せっかく生を受けたこの人生を、最後まで。

精一杯幸せに生きていきたい。

 

 

つくば始音教会 ゆう

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