エゴイズムの存在正義

「エゴイズム」、というと、マイナスのイメージが付き纏い、避けなければならない価値観のように思う人が多いように思います。

言葉の意味としては、「利己主義」と訳され、「自分の利益をもっぱら重視するあり方」とのこと。

 

私自身も、自分自身が「自己中心的な人間で、人のことを考えられない心の狭い人間だ」と、感じ、悩んでもいました。高校生〜大学生くらいの時の話です。

どうしても、自分のことばかりを考えてしまって、周りへの配慮に欠けてしまう。

「自分さえ良ければ、周りがどうであろうとそれで良い。」

そのように思ってしまう自分に、

「人間なんて、結局みんなそんなもんだ」「いい人を演じているから疲れるんだ」なんて思いながら、

心の奥底では、染み付いた自責感を拭えませんでした。

 

当時の自分が、自分の欠点を表すとすれば、「自己中」ということに尽きたかと思います。

周りを押し除けて、自分が存在できる安全な場所を確保したかった。その一心でした。当時の私には、それが勉学の成績でしたが、「自分」というものを安定的に存立させるために、必死でした。

それを守らなければ、自分というものの輪郭が崩れ、壊れてしまいそうで、怖かったです。

 

「自己中心的に生きる自分」というものに、ほとほと嫌気が差したのは、大学生になってからです。

その頃の私は、私のしてきたこと全てが間違いであったと感じ、罪の意識のようなものに苛まれ、自分を消し去ってしまいたいと感じていました。

「努力した者だけが成功する」

「貪欲に努力をする者だけが報われ、認められる。できない者は弱い。それは、結局自己責任だ。そんなの自分でなんとかしろよ。」

そのように思って、自分の価値観で他人を裁いて生きてきたけれど、結局私は、私の価値観によって挫折しました。

私にとっては、自分がどこまで努力しても追いつけないと感じる「才能」を持っている人たちに出会い、無力感を覚えました。

努力、というものが手に付かない感覚というものを、初めて体験しました。

恥ずかしい話です。

 

私の自己中心的な行いによって、迷惑をかけて来た人、犠牲を払わせた人…

私は、色々な人に迷惑をかけたと思います。

その中で、一番迷惑をかけ、犠牲を払わせたと思っていたのが、両親でした。

両親は、お金も体力もないのに、私を大学にまで行かせてくれた。私がわがままを言ったから、そうしてもらった。でも、両親は、心身が虚弱で、生活もままならないのに…。私が、自分のことしか考えなかったから、こんな労苦を強いてしまった。それなのに、自分は、大した人間ではない…。大学の勉強も、面白くない。手に付かない。周りの子たちは、どこか冷めていて、わきまえているのに…。

 

私は、もう、死ぬしかないというような気持ちでした。

でも、死んでしまったら迷惑がかかる。

だから、誰の記憶にも残らず、消えてしまいたかったです。

誰の役にも立たず、迷惑をかけるだけの自分なら、生きていたくなかったです。

自分が生きていていい存在だ、と、思えませんでした。

 

生きる資格のない自分が生きていくためには、「誰かの役に立つ」ことしか、道がないように思いました。

それで、私は、福祉関係の活動に関わるようになり、幸いなことに、そこに就職までさせてもらって、現在に至っています。(こんな動機で、申し訳ないです。)

 

私は、今の自分の職場と出会えたことに、心から感謝しています。

自分を否定するばかりだった私を、必要としてくれたことが、単純に嬉しかった。

私の気持ちを聞いてくれて、嬉しかった。

私の失敗を、笑顔で許してくれて、嬉しかった。

私がいてもいい場所を与えてくれて、本当に嬉しかった。

生きていてもいいと、思わせてくれて、本当に嬉しかった。

 

そのように思わせてくれたのは、いわゆる健常者からすると、とても重い障害を持っている方や、その支援に携わっている方たちです。

「生きていくための条件」が、「能力」や「生産性」だと思っていた私には、新しい価値観でした。

「生きていること」そのものを肯定した上で、生の質、いわゆるQOLの向上を求めて、いや、それ以上に、生きることを獲得するために闘っている。それが、とても新しかったし、不思議でもありました。

 

「できないことが悪いことではない。できないことがあれば、声をあげて、助けてもらえばいい。一人で抱えなくてもいい。分かち合って、一緒に進めばいい。そんな社会を作ればいい。」

そんな価値観を持っている人たちに出会い、私は、救われました。

 

「そんなのあんたの責任でしょ。一人でなんとかしてよ。」という心の声は、母親との関係で形成されました。

母親は、体も虚弱でしたが、精神を病んでいました。

母親から強制的に言い訳と愚痴を聞かされる毎日に、私は嫌気がさし、他人の話を聞く気持ちがなくなり、実際少し耳も遠くなり、母親に対して、「そんなのあんたの責任でしょ」と、冷たく思っていました。

今では、私が母親を背負うなんてできないから、突き放して、私は私を守ることに集中して、「自己中心」の殻の中に入り込むことしかできなかったのかな、と捉えています。

母を恨んではいませんし、母の、ちょっと天然で面白いところは好きだし、育ててくれたことに本当に感謝していますが、ギリギリのところで生き続けていた母に、適切な助けが差し出されなかったことが、口惜しいです。

人は、誰でも弱い部分があるから、どこかと、誰かと、繋がっていなければならなかったのに。一人では、一家族だけでは、どうにもできないことがあるのに。

一体どのようにしていたらよかったのか。問い続けています。

  

 

私は、聖書との出会いとほぼ同時に、現在の職場と出会いましたが、

神様は、死ぬことを願った私に、生きる場所を与えてくださり、生きていてもいいと、おっしゃってくださったと思っています。

また、家族のことも、私自身の価値観の変化によって、見方を変えてくださいました。

「結局お前の責任だ」と、自分や他人を叱責する声は、まだ100%完全にはなくなっていないと思いますが、だいぶ、和らぎました。

自分を責め、否定するための材料になっていた「エゴイズム」も、生きるためには時に必要で、生命力を与え、バイタリティの基になるのだと、今では思っています。

また、「エゴ」を否定することの方が、不健康である、とも思います。

自分のことしか考えていないとしても、自分を守るために、素直に自分の欲求や気持ちを表現してくれる利用者さんが、可愛らしく思え、

逆に、自分の気持ちを押し込めている人を見ると、苦しい生き方だな…と、心配になります。

 

自分の気持ちに気がつき、素直に認め、表現すること。

人間として生まれて、生きるために、本当に大切なことだと感じます。

 

つくば始音教会 ゆう

 

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