忘れられない経緯

こんにちは。つくば始音教会・いのちっちです。

今日たまたま昔自分が書いたブログ記事を読むようになりました。

それは、私が家族で韓国に行った時にあった、忘れられない経緯についての記事でした。

私達の牧師先生は韓国の方ですが、牧師先生が生まれ故郷を開発工事された「ウォルミョンドン自然聖殿」という場所があります。

自然の中に作られた教会(聖殿)ということで、そのような名前がついています。

2013年5月、家族でテジョン駅からウォルミョンドンに向かうために、レンタカーを借りようとした時のことでした。

そのレンタカー屋の社長が「どこへ行くのか」と聞くので、「ウォルミョンドンです」と答えるとわかったようで、「あなたの教会は何という教会か、牧師は誰か」と聞いて来たので、「キリスト教福音宣教会、チョンミョンソク牧師です」と答えました。

するとその人は、「ああ、異端だ異端だ」と言いました。

その人はキリスト教の長老派という派閥の教会に通っているそうで、
「私はエホバの御言葉を沢山聞いている」と誇らしげでした。

私は社長に話したいこともありましたが、あまり韓国語もできないので、初めて面と向かって「異端」と言われた衝撃が残りつつもただ車を借りてその店を後にしました。

「異端」というのは、「正統ではない」ということです。

ヨハネの第一の手紙2章22節には、このようにあります。

「偽り者とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定する者ではないか。父と御子とを否定する者は、反キリストである。」

キリスト教というのは、言うまでもなく、「2000年前に産まれ十字架にかかって死なれたイエスという方がキリスト(救い主)であることを信じる」宗教です。

なので、イエス様がキリストだと信じるならば、「反キリスト」ではなく、「反キリスト」でなければ「異端」とは言えません。

私達の牧師先生は、幼い頃からイエス様を恋人のように好きで、一度もイエス様がキリストであることを否定したことがありません。

そういう牧師先生と、牧師先生の御言葉を聞く私達を、その社長は「異端だ」と簡単に断定しました。

「異端」というのは、とても失礼な侮辱の言葉です。

しかし社長は、私達の聞いている御言葉の教えも知らず、牧師先生に会ったこともないけれど、人づてに聞いた「異端だ」という噂によって、間違った断定をしたわけです。

私は、「異端だ」と言われた時に正当な反駁ができなかったことをとても悔やみました。そして、「車を返す時には必ずはっきりと話そう」と心に決めました。

それで、韓国語が堪能な日本人の方に協力してもらい、手紙を書きました。

内容は、ヨハネの第一の手紙2:22を引用し、

「私たちは異端ではありません。聖書に異端とはこのように書いてあります。牧師先生は、神様も主も知らなかった私に、正しく教えてくださり、信じるようにさせてくださいました。そして今私は幸せな心で生きています。一度も直接見聞きせずに判断されないで、よろしければウォルミョンドンにいらしてください。」

というものでした。

レンタカー返却の時に、この手紙を読んだ社長は慌てた様子で、

「手紙に感動を受けた。傷つけて悪かった。韓国に異端が沢山あるが、主を中心にするなら異端ではない。」
と弁解し、
「またうちの会社を利用して下さい。特別会員として半額にしてあげるから。」
と言ってくれました。

・・・この出来事は2013年にあったことですが、まだまだ私達を「異端」と言う人がいるようです。

見聞きせずに断定しないで、一度実際に見て聞いて判断してみませんか?

私だって無意識のうちに、人や団体や出来事など様々なことを、事実ではないのに間違って決めつけて断定してしまっていることがあるのだと思うので、気をつけないとならないですが。自分がいつも正しい判断をしている自信なんて正直ありません。私も最大限気をつけよう、と思って生きてはいます。

ただ、聖書の使徒行伝4章20節で、使徒ペテロとヨハネが話したように、「わたしたちとしては、自分の見たこと聞いたことを、語らないわけにはいかない。」そういう思いが私にはあります。

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